第10章 幕藩体制の動揺
④江戸時代中期・後期の文化(宝暦・天明期の文化〜化政文化)
特徴
- 様々な分野で、幅広い担い手が登場
- 寺子屋が次第に普及、識字率が大幅に増加
- 書籍や印刷物の普及(貸本屋も増加)
- 幕藩体制の矛盾批判や、近代的合理主義の獲得もみられる
洋学の始まり
- ①18世紀初頭の(1. 西川如見)と新井白石の研究が先駆
- 西川如見:長崎で世界情勢を知り『(2. 華夷通商考』を著す
- 新井白石:シドッチの尋問をもとに『采覧異言』(世界の地理など)・『西洋紀聞』(秘本)を著す
- ②享保期に漢訳洋書の輸入制限緩和により「蘭学」として発展
- (3. 青木昆陽):甘藷栽培を広める、『甘藷記』
- (4. 野呂元丈):稲生若水に学びオランダ薬物を研究
- ③医学の発展
- 山脇東洋:死刑囚の解剖をもとに『蔵志』(日本初の解剖図)を著す
- (5. 前野良沢):青木昆陽に学び、玄白とともに『(6. 解体新書』(ターヘル=アナトミアの翻訳)を著す
- (7. 杉田玄白):死刑囚の解剖を見学し、『解体新書』・『(8. 蘭学事始』を著す
- ④洋学の発展
- (9. 大槻玄沢):玄白らに学び、入門書『(10. 蘭学階梯』を著し、江戸に(11. 芝蘭堂)を開く、門弟と「オランダ正月」を祝う
- (12. 宇田川玄随):桂川甫周に学び、蘭内科書を翻訳(『西説内科撰要』)
- (13. 稲村三伯):玄沢に学び『(14. ハルマ和解』(日本初の蘭日辞書)を制作
- (15. 平賀源内):エレキテルや不燃布を発明、西洋画や文芸作品も制作
国学の発達
≪国学≫古典から日本古来の思想(古道)を研究
- (16. 荷田春満):京都伏見の神官、契沖の『万葉代匠記』の影響を受け『古事記』などを研究
- →(17. 賀茂真淵):『万葉集』の注釈書(『万葉考』)や『国意考』(儒仏の影響を配した日本固有の思想についての研究)を著す
- →(18. 本居宣長):『古事記』の注釈書(『(19. 古事記伝』)で、「漢意」を排し日本古来の精神(「真心」)に返ることを主張
- (20. 塙保己一):古典の収集・保存を行い、(21. 和学講談所)を設立、『(22. 群書類従』を編纂(古代〜江戸期までの国書を分類、合冊し刊行)
尊王論
- 水戸藩で発達した(23. 水戸)学などで、朱子学の影響を受け天皇を尊ぶ思想が登場
- 将軍は「天皇の委任」によって政権を担当しているのだ(=政務委任論)という考えが中心
- *「寛政の三奇人」高山彦九郎(尊王思想を全国に広める)・蒲生君平(天皇陵を研究、『山稜志』)・林子平(経世思想家、『海国兵談』/「親も無し 妻無し 子無し 版木無し 金も無けれど 死にたくも無し」図p.194)
- 1758(24. 宝暦)事件:京都で国学者(25. 竹内式部)が公家に尊王論を説く→天皇に思想的影響が及ぶことが危惧され追放処分に
- 1767(26. 明和)事件:江戸で兵学者(27. 山県大弐)が講義(幕政批判、尊王斥覇の思想『柳子新論』)、江戸城攻撃の軍略を述べたことなど理由に死刑となる
生活から生まれた思想
- ≪(28. 心学)≫京都で(29. 石田梅岩)が庶民の生活倫理を説く
- 町人や百姓の存在を肯定的に定義し、弟子(30. 手島堵庵・中沢道二*人足寄場で講義)が全国に広める
- ≪封建社会の批判≫陸奥八戸の医者(31. 安藤昌益)が『(32. 自然真営道』で自給自足の生活(「自然世」)を理想とし、幕藩体制を厳しく批判
儒学教育と学校 *「寛政の三博士」=柴野栗山・尾藤二洲・岡田寒泉(→古賀精里)
- ≪藩校(学)≫明倫館(萩)、時習館(熊本)、造士館(薩摩)、興譲館(米沢)、明徳館(秋田)、弘道館(水戸)など
- ≪郷校(学)≫閑谷学校(岡山、池田光政)
- (33. 懐徳)堂(大坂町人の出資、準官学):三宅石庵や中井竹山のもとで合理主義者が育つ
- (34. 富永仲基):儒・仏・神道を歴史的立場で否定(例:仏教経典は後の産物 『出定後語』)
- (35. 山片蟠桃):豪商家の番頭として仙台藩の財政再建にあたる。唯心論・無神論(『(36. 夢の代』「凡ソ鬼神ノコトハ人心ノ推量ナリ」)・地動説などを主張。
≪私塾≫花畠教場(熊沢蕃山)、藤樹書院(中江藤樹)、古義堂(伊藤仁斎)、蘐園塾(荻生徂徠)、鈴屋((37. 本居宣長))、((38. 芝蘭堂))大槻玄沢、(39. 咸宜園)広瀬淡窓、(40. 鳴滝塾)シーボルト、洗心洞(大塩平八郎)、(41. 適々斎塾)緒方洪庵、松下村塾(吉田松陰の叔父)
≪寺子屋≫牢人、僧侶、医師、町人らが読み書きそろばんを中心に教授、庶民にも高い思想的成熟がみられ、急激な近代化を支える土台となる
文学と芸能
≪宝暦〜寛政期の小説≫
- (42. 洒落本)*吉原など遊里での通と滑稽を描く
- (43. 山東京伝):『仕掛文庫』・『江戸生艶気樺焼』(黄表紙)などが代表作、寛政の改革で弾圧され、読本に転向
- (44. 黄表紙)*風刺や滑稽な内容の大人向け小説
- (45. 恋川春町):『(46. 金々先生栄花夢』が代表作、『鸚鵡返文武二道』で改革を批判、弾圧される
≪化政期の小説≫
- (47. 滑稽本)*庶民の生活を笑いをもとに描く
- (48. 十返舎一九):『(49. 東海道中膝栗毛』(旅行記)が人気で、続編も多数
- 式亭三馬:『(50. 浮世風呂』・『浮世床』で江戸庶民の軽妙な会話を描写
- (51. 人情本)*洒落本にとってかわった、女性向けの恋愛もの
- (52. 為永春水):『(53. 春色梅児誉美』が1842に絶版となる
- (54. 読本)*歴史や伝説を題材にした小説
- (55. 上田秋成):国学を学び、本居宣長と論争。独自の怪奇小説『(56. 雨月物語』を著す。
- (57. 曲亭/滝沢馬琴):『(58. 南総里見八犬伝』などで「勧善懲悪」を主張し、弾圧を免れる
- (59. 合巻)*黄表紙を何冊か合わせた長編小説
- (60. 柳亭種彦):旗本。大奥を描いた『(61. 偐紫田舎源氏』で弾圧され'42に病死
≪俳諧≫
- (62. 小林一茶)「雀の子 そこのけそこのけ お馬が通る」(『おらが春』)
- (63. 蕪村)「春の海 ひねもすのたり のたりかな」 『蕪村七部集』に加え、池大雅と『(64. 十便十宜図』(文人画、図p.191)を残す
≪和歌≫越後の僧(65. 良寛)が素朴な生活歌を多く残す 「風きよし 月はさやけし いざともに 踊り明かさむ 老いのなごりに」 *香川景樹の桂園派は、あまり広まらず
≪民俗・風俗の研究≫
- 菅江真澄:40年余り東北各地を調査し、日記を残す(『(66. 菅江真澄遊覧記』)
- 鈴木牧之:山東京伝らと交流、雪国の生活や雪の結晶などを写実的にまとめる(『(67. 北越雪譜』)
≪川柳≫俳句の形式を借り、世相を風刺。(68. 柄井川柳)が確立『(69. 誹風柳多留』 「役人の子は にぎにぎを 能く覚え」「孝行の したい時分に 親はなし」
≪(70. 狂歌)≫和歌の形式で世相を批判するものも登場
- (71. 大田南畝/蜀山人):御家人。四方赤良・寝惚先生などの号も使用
- (72. 石川雅望/宿屋飯盛):蜀山人に学ぶ。宿屋を営む
≪浄瑠璃≫歌舞伎に圧倒され、お座敷でうたわれるように(唄浄瑠璃)
絵画
≪浮世絵≫
- (73. 鈴木春信):多色刷浮世絵版画である(74. 錦絵)を完成
- (75. 喜多川歌麿):美人画
- (76. 東洲斎写楽):役者絵 などが人気 *大首絵の手法が特徴、蔦屋重三郎が企画し耕書堂で販売
- (77. 葛飾北斎):『富嶽三十六景』(「神奈川沖浪裏」など傑作を含む)
- (78. 歌川広重):『(79. 東海道五十三次』など風景版画を大成 *ヨーロッパに紹介され、モネやゴッホに影響を与える(ジャポニスム)
≪大和絵≫
- (80. 円山応挙):遠近法を取りいれ大作を残す 『雪松図屏風』・『保津川図屏風』
- (81. 池大雅)・蕪村:『十便十宜図』(文人画)
- (82. 呉春):蕪村に学び、円山派から別れ四条派をひらく 『柳 鷺群禽図屏風』
- 渡辺崋山:文人画の傑作「(83. 鷹見泉石)像」を残す
≪西洋画≫
- (84. 司馬江漢):平賀源内に学び銅板画を始める 『不忍池図』(眼鏡絵用)
- 小田野直武:平賀源内に学び『解体新書』の挿絵を描く
- 平賀源内:油彩画の『(85. 西洋婦人図』を残す(図p.188)
- (86. 亜欧堂田善):松平定信に仕える 『浅間山図屏風』(図p.199)
学問・思想の動き *幕藩体制の動揺に対し、改革を求める意見が現れる(図p.200)
≪経世論≫政治経済論、一部の藩が採用
- (87. 海保青陵):藩営の専売制など重商主義を主張 『(88. 稽古談』(商人に学び利益を得る)
- (89. 本多利明):西洋知識を学び、富国策として開国・国営貿易などを主張『(90. 西域物語』(西洋諸国の国勢や貿易の必要性を説く)・『(91. 経世秘策』(開国交易・蝦夷地開発)
- (92. 佐藤信淵):諸国を回遊、重商主義を主張『経済要録』(経世論)・『農政本論』(富国論)
≪水戸学≫
- 藤田幽谷・(93. 東湖):弘道館(藩校)を設立し、尊王攘夷派の志士を育てる
- 会沢安(正志斎):『大日本史』編纂を担当(彰考館総裁)、『新論』で尊攘論をとなえる
≪国学≫
- (94. 平田篤胤):復古主義・国粋主義の立場から(95. 復古)神道を大成、農村有力者にも信奉され尊攘運動を支える
≪洋学≫
- 高橋(96. 至時・景保):至時は寛政暦を作成、景保は(97. シーボルト)事件で獄死 *天文方に(98. 蛮書和解御用)がおかれる
- (99. 伊能忠敬):50歳で高橋至時に測地などを学び、全国の沿岸を測量 『(100. 大日本沿海輿地全図』は弟子により死後完成
- 志筑忠雄:『暦象新書』を翻訳、万有引力・地動説など紹介、日本の外交状態を「鎖国」と訳す(オランダ通詞)
- *幕末の洋学者佐久間象山は「(101. 東洋道徳、西洋技術」を主張(実学的傾向)
民衆文化の成熟(化政期)
- 常設の芝居小屋で歌舞伎を上演、鶴屋南北らの演目が人気に(『東海道四谷怪談』)
- 見世物小屋や落語などを上演する(102. 寄席)が盛んに *庶民がごくわずかな入場料で楽しむことができるため、これを弾圧した水野忠邦は庶民に批判される
- 地方の村では地元の若者による歌舞伎(村芝居)が娯楽として受け継がれる
- 寺社の縁日や(103. 開帳:入場料を徴収して秘仏を公開)、宝くじ(104. 富突)、寺社参詣(伊勢神宮・善光寺・讃岐金毘羅宮などが人気)、巡礼(西国三十三カ所・四国八十八カ所)など娯楽が多様に
- *伊勢神宮へは約60年ごとに特にご利益のある「御蔭年」が巡ってくると考えられ、多くの人々が参詣(105. 御蔭参り)
- 五節句や盂蘭盆会などの年中行事、人々のサークル活動(日待・月待・庚申講)なども盛ん
- *庚申講:干支で庚申にあたる日の夜、眠った人の体から抜け出した「虫」が、天にその人の罪を告げて人命を縮めると信じる人々の集まりで、当日は眠らず過ごす。各地に庚申塔が立てられる。