ハロゲン元素の化学的性質
基本情報
ハロゲンとは
周期表の17族元素で、F, Cl, Br, I, At の5元素。
- フッ素(F): 原子番号9
- 塩素(Cl): 原子番号17
- 臭素(Br): 原子番号35
- ヨウ素(I): 原子番号53
- アスタチン(At): 原子番号85(放射性、極めて稀)
語源
- ハロゲン(halogen): ギリシャ語で「塩を作るもの」
- 金属と反応して塩(えん)を作ることから
電子配置の特徴
- 最外殻に電子7個(ns²np⁵)
- F: [He]2s²2p⁵
- Cl: [Ne]3s²3p⁵
- Br: [Ar]3d¹⁰4s²4p⁵
- I: [Kr]4d¹⁰5s²5p⁵
- At: [Xe]4f¹⁴5d¹⁰6s²6p⁵
- ※ あと1個で閉殻構造(オクテット)
主な特徴
- 分子式: X₂(二原子分子)
- 酸化数: -1(ハロゲン化物イオン X⁻)、0(単体 X₂)、正の酸化数も可能
- 反応性: 非常に高い(特にF₂)
- 酸化力: 強い酸化剤
- 電気陰性度: 非常に大きい(Fが最大)
- 色: すべて有色
ハロゲンの共通性質
物理的性質の周期性
| 元素 | 状態(常温) | 色 | 融点(℃) | 沸点(℃) | 電気陰性度 |
|---|---|---|---|---|---|
| F₂ | 気体 | 淡黄色 | -220 | -188 | 4.0 |
| Cl₂ | 気体 | 黄緑色 | -101 | -34 | 3.0 |
| Br₂ | 液体 | 赤褐色 | -7 | 59 | 2.8 |
| I₂ | 固体 | 黒紫色 | 114 | 184 | 2.5 |
周期性のまとめ
原子番号が大きくなると...
- 融点・沸点: 高くなる(分子間力が増大)
- 色: 淡色 → 濃色(淡黄→黄緑→赤褐→黒紫)
- 状態: 気体 → 液体 → 固体
- 電気陰性度: 小さくなる(F > Cl > Br > I)
- 酸化力: 弱くなる(F₂ > Cl₂ > Br₂ > I₂)
- 反応性: 低くなる
- イオン半径: 大きくなる(F⁻ < Cl⁻ < Br⁻ < I⁻)
ハロゲン化物イオン X⁻
- 電子配置: 貴ガス型(閉殻構造)
- F⁻: Ne型、無色
- Cl⁻: Ar型、無色
- Br⁻: Kr型、無色
- I⁻: Xe型、無色
- 還元性: F⁻ < Cl⁻ < Br⁻ < I⁻(I⁻が最も強い)
酸化力の大小関係
F₂ > Cl₂ > Br₂ > I₂
- フッ素が最も強い酸化剤
- 上位のハロゲンは下位のハロゲン化物イオンを酸化できる
ハロゲンの化学反応
1. 金属との反応
ハロゲンは金属と反応してハロゲン化物(塩)を生成。
一般式
- (1) 2M + nX₂ → 2MXₙ
具体例
- ナトリウムと塩素: (2) 2Na + Cl₂ → 2NaCl
- 鉄と塩素: (3) 2Fe + 3Cl₂ → 2FeCl₃
- 銅と塩素: (4) Cu + Cl₂ → CuCl₂
2. 水素との反応
フッ素
- 暗所でも激しく反応: (5) H₂ + F₂ → 2HF
塩素
- 光で爆発的に反応: (6) H₂ + Cl₂ → 2HCl
臭素
- 高温で反応: (7) H₂ + Br₂ → 2HBr
ヨウ素
- 高温でも不完全(可逆): (8) H₂ + I₂ ⇌ 2HI
3. 水との反応
フッ素
- 激しく反応: (9) 2F₂ + 2H₂O → 4HF + O₂
塩素
- 一部が反応(不均化): (10) Cl₂ + H₂O ⇌ HCl + HClO
- (塩酸と次亜塩素酸)
臭素・ヨウ素
- わずかに溶けるが、ほとんど反応しない
4. ハロゲン間の置換反応(重要)
酸化力の強いハロゲンが弱いハロゲン化物イオンを酸化。
塩素と臭化物イオン
- (11) Cl₂ + 2Br⁻ → 2Cl⁻ + Br₂
- 無色 → 赤褐色
塩素とヨウ化物イオン
- (12) Cl₂ + 2I⁻ → 2Cl⁻ + I₂
- 無色 → 褐色(ヨウ素)
臭素とヨウ化物イオン
- (13) Br₂ + 2I⁻ → 2Br⁻ + I₂
5. アルカリとの反応(不均化)
塩素と水酸化ナトリウム(冷)
- (14) Cl₂ + 2NaOH → NaCl + NaClO + H₂O
- (次亜塩素酸ナトリウムを生成)
塩素と水酸化ナトリウム(熱)
- (15) 3Cl₂ + 6NaOH → 5NaCl + NaClO₃ + 3H₂O
- (塩素酸ナトリウムを生成)
6. 有機化合物との反応
置換反応
- メタンと塩素(光): (16) CH₄ + Cl₂ → CH₃Cl + HCl
付加反応
- エチレンと臭素: (17) C₂H₄ + Br₂ → C₂H₄Br₂
- 不飽和化合物の検出に利用(脱色)
各ハロゲン元素
フッ素(F₂)
特徴
- 最も反応性が高い元素
- 電気陰性度が最大(4.0)
- 最も強い酸化剤
- 淡黄色の気体、刺激臭
- 猛毒
製法
- フッ化水素カリウムの融解塩電解:
- 陽極: (18) 2F⁻ → F₂ + 2e⁻
反応性
- 常温で水、ガラス、多くの金属と反応
- 水と激しく反応して酸素を発生
- 白金やニッケルとも反応するが、表面にフッ化物の保護膜を形成
用途
- フッ素樹脂(テフロン)の原料
- ウラン濃縮(UF₆)
- フッ素化合物の製造
塩素(Cl₂)
特徴
- 黄緑色の気体、刺激臭
- 工業的に最も重要なハロゲン
- 強い酸化剤
- 有毒
製法
実験室
- 酸化マンガン(IV)と濃塩酸: (19) MnO₂ + 4HCl → MnCl₂ + Cl₂↑ + 2H₂O
- さらし粉と希塩酸: (20) CaCl(ClO) + 2HCl → CaCl₂ + Cl₂↑ + H₂O
工業的
- 食塩水の電気分解(陽イオン交換膜法):
- 陽極: (21) 2Cl⁻ → Cl₂ + 2e⁻
- 陰極: (22) 2H₂O + 2e⁻ → H₂ + 2OH⁻
- ※ 同時にNaOHとH₂も生成(ソーダ工業)
性質
- 水に溶けて塩素水(酸化力・漂白作用)
- 強い酸化剤
- 漂白作用(色素を酸化分解)
- 殺菌作用
用途
- 上水道の殺菌
- 漂白剤(紙・パルプ)
- 塩化ビニル(PVC)の原料
- 塩酸の製造
- 有機塩素化合物の製造
臭素(Br₂)
特徴
- 常温で液体の唯一の非金属元素
- 赤褐色の液体、刺激臭
- 揮発性が高い
- 有毒、腐食性
製法
- 海水中の臭化物イオンを塩素で酸化:
- (23) 2Br⁻ + Cl₂ → Br₂ + 2Cl⁻
溶解性
- 水: わずかに溶ける(臭素水、黄褐色)
- 有機溶媒: よく溶ける(褐色~赤褐色)
用途
- 写真の感光材(臭化銀)
- 医薬品の原料
- 農薬(臭化メチル、現在は規制)
- 難燃剤
ヨウ素(I₂)
特徴
- 黒紫色(金属光沢)の固体
- 昇華しやすい(加熱すると紫色の蒸気)
- ハロゲンの中で最も酸化力が弱い
製法
- 海藻の灰や地下かん水中のヨウ化物イオンを酸化:
- (24) 2I⁻ + Cl₂ → I₂ + 2Cl⁻
溶解性と色
- 水: わずかに溶ける(ヨウ素水、褐色)
- ヨウ化カリウム水溶液: よく溶ける(褐色)
- (25) I₂ + I⁻ → I₃⁻ (三ヨウ化物イオン)
- 有機溶媒:
- ヘキサンなど: 紫色
- エタノールなど: 褐色
ヨウ素デンプン反応(検出反応)
- デンプンと反応して青紫色を呈する
- ヨウ素の検出に利用
- 非常に鋭敏な反応
用途
- ヨードチンキ(消毒剤)
- 造影剤(医療)
- うがい薬
- 写真の感光材
- 栄養補助(甲状腺ホルモンの原料)
アスタチン(At)
特徴
- 極めて希少な放射性元素
- 全同位体が放射性
- 最も安定な同位体でも半減期8.1時間
- 性質はヨウ素に類似すると推測
- 研究は限定的
ハロゲンの化合物
1. ハロゲン化水素 HX
フッ化水素 HF
- 製法: (26) CaF₂ + H₂SO₄(濃) → CaSO₄ + 2HF↑
- 性質: 弱酸(水中で部分解離)、ガラスを侵す
- ガラスとの反応: (27) SiO₂ + 4HF → SiF₄↑ + 2H₂O
- フッ化水素酸: HFの水溶液、弱酸だが危険
- 用途: ガラスのエッチング、フッ素化合物の製造
塩化水素 HCl
- 製法(実験室): (28) NaCl + H₂SO₄(濃) → NaHSO₄ + HCl↑
- 製法(工業): (29) H₂ + Cl₂ → 2HCl
- 性質: 無色の刺激臭、空気中で白煙
- 塩酸: HClの水溶液、強酸
- 用途: 化学工業の基礎原料、金属の洗浄
臭化水素 HBr・ヨウ化水素 HI
- いずれも水溶液は強酸
- 還元性: HCl < HBr < HI(HI が最も強い)
2. オキソ酸とその塩
次亜塩素酸 HClO
- 生成: (30) Cl₂ + H₂O ⇌ HCl + HClO
- 性質: 弱酸、不安定、強い酸化力、漂白作用
次亜塩素酸ナトリウム NaClO
- 製法: (31) Cl₂ + 2NaOH → NaCl + NaClO + H₂O
- 用途: 漂白剤(ハイター)、殺菌剤
塩素酸カリウム KClO₃
- 製法: (32) 3Cl₂ + 6KOH → 5KCl + KClO₃ + 3H₂O
- 加熱分解: (33) 2KClO₃ → 2KCl + 3O₂↑
- 用途: 酸素の発生(MnO₂触媒)、酸化剤、マッチ・花火
過塩素酸 HClO₄
- 最も強い酸の一つ
- 強い酸化剤
3. さらし粉
- 組成: CaCl(ClO) または Ca(ClO)₂とCaCl₂の混合物
- 製法: (34) Ca(OH)₂ + Cl₂ → CaCl(ClO) + H₂O
- 性質: 白色粉末、塩素臭、空気・湿気で分解
- 酸化剤・漂白剤として働く
- 酸との反応: (35) CaCl(ClO) + 2HCl → CaCl₂ + Cl₂↑ + H₂O
- 二酸化炭素との反応: (36) CaCl(ClO) + CO₂ → CaCO₃ + Cl₂
- 用途: 漂白剤、殺菌剤、消毒剤
4. ハロゲン化銀
- 塩化銀 AgCl: 白色、光で黒変
- 臭化銀 AgBr: 淡黄色、光で黒変、写真感光材
- ヨウ化銀 AgI: 黄色、光で黒変
- すべて水に難溶、光で分解して銀を析出
その他の重要事項
ハロゲンの製法まとめ
- F₂: フッ化水素カリウムの融解塩電解
- Cl₂: 食塩水の電気分解、MnO₂ + 濃HCl
- Br₂: 海水中のBr⁻をCl₂で酸化
- I₂: 海藻やかん水中のI⁻をCl₂で酸化
ハロゲンの検出
- 塩素: 黄緑色、漂白作用
- 臭素: 赤褐色、有機溶媒に溶ける
- ヨウ素: デンプン反応(青紫色)、昇華
ハロゲン化物イオンの検出
- 硝酸銀による沈殿:
- Cl⁻: (37) Ag⁺ + Cl⁻ → AgCl↓ (白色)
- Br⁻: (38) Ag⁺ + Br⁻ → AgBr↓ (淡黄色)
- I⁻: (39) Ag⁺ + I⁻ → AgI↓ (黄色)
ハロゲンの用途まとめ
- F₂: フッ素樹脂、ウラン濃縮
- Cl₂: 上水道殺菌、漂白、PVC、塩酸
- Br₂: 写真感光材、医薬品
- I₂: 消毒剤、うがい薬、造影剤
環境とハロゲン
- 塩素: 上水道の殺菌に不可欠
- 臭素: 臭化メチル(オゾン層破壊)は規制
- CFC: フロン(オゾン層破壊)は全廃
- ダイオキシン: 塩素化合物の燃焼で生成、有害
生体とハロゲン
- 塩素: 胃酸(HCl)、体液の浸透圧調節
- ヨウ素: 甲状腺ホルモン(チロキシン)の成分
- フッ素: 歯のエナメル質強化(フッ素イオン)
ハロゲンの酸化数
- -1: ハロゲン化物 X⁻
- 0: 単体 X₂
- +1: 次亜ハロゲン酸 HXO
- +3: 亜ハロゲン酸 HXO₂
- +5: ハロゲン酸 HXO₃
- +7: 過ハロゲン酸 HXO₄
- ※ フッ素は-1と0のみ(最も電気陰性度が大きいため)
注意すべき性質
- 毒性: すべて有毒、取り扱いに注意
- 腐食性: 金属や皮膚を侵す
- 酸化力: F₂ > Cl₂ > Br₂ > I₂
- 還元性: F⁻ < Cl⁻ < Br⁻ < I⁻
- 酸の強さ: HF(弱酸) < HCl, HBr, HI(強酸)
工業的重要性
- 塩素: ソーダ工業(Cl₂, NaOH, H₂)の中心
- 塩化ビニル: プラスチック(PVC)の原料
- 漂白・殺菌: 衛生管理に不可欠
ハロゲンの歴史
- 1774年: Cl₂発見(Scheele)
- 1811年: I₂発見(Courtois)
- 1826年: Br₂発見(Balard)
- 1886年: F₂単離(Moissan)
- 1940年: At発見(人工的に合成)